国内最大手の電子書籍取次として事業を展開する株式会社メディアドゥ。
前回のインタビューでは「ブロックチェーン技術で未来の電子書籍プラットフォームを作る」というテーマでお話をお伺いしました。
2020年7月に、株式会社光和コンピューターと共同で、電子書籍と紙書籍の印税を、統合的に管理するSaaS型サービスの開発に着手することを発表。
開発の背景と業界に与えるインパクト、プロジェクトの技術、面白さについて、メディアドゥCOO新名様と、CTO泉様にお話を伺いました。
■プロフィール
株式会社メディアドゥ 取締役副社長 COO
新名 新
2018年よりメディアドゥ取締役副社長 COOに就任。
長年、文芸編集者として活動し、筒井康隆氏、村上春樹氏などを担当。その経験と、四半世紀にわたり電子出版に携わってきた豊富な経験を活かし、COOとして出版業界と最前線で向き合い、主力の電子書籍流通事業の全体統括や出版支援事業を担う。
株式会社メディアドゥ 執行役員 CTO
泉 純一郎
2018年、メディアドゥ入社。技術本部・新規サービス開発部部長としてクラウドの導入や新配信システムの開発に従事。2020年6月より、ビジネス戦略を進めるための新製品の開発や既存製品の強化を担うべく執行役員 CTOに就任。
CTOとしてテクノロジーを活用して、電子書籍にとどまらず、出版業界全体に貢献するシステムの開発・展開を担う。
——今回のプロジェクトが発足した背景をお聞かせください。
新名:
日本の出版業界は、1996年をピークに市場が縮小しています。でも他国に目を向けて見ると、成長こそ鈍っているけれど縮小はしていない。中国はむしろ成長している。先進国では、日本の出版業界にだけそういった不思議な状況が起きているんです。大きいことを言わせていただくと、我々はそれをなんとかしようとしています。
日本では、集英社さん、講談社さん、小学館さん、KADOKAWAさんのような大手出版社が業界を動かしている……と皆さんは思っているかもしれませんが、実はこの4社のシェアを合わせても、全体の30%ほど。残りの70%は、中小の出版社さんなんです。中小企業だけど、きらりと光る良い仕事をしている出版社が日本にはたくさんあるんですよ。
そんななか、大手の出版社は、儲かったお金を使って自前で様々なシステムを開発し、どんどん業務を効率化しています。一方、中小の出版社は、本当に良い仕事をしていて過去に成果をあげているにも関わらず、自前で最新システムを開発する資金も人材もない状態です。右肩下がりの日本の出版業界の中で、大変苦労されています。
だからこそ、メディアドゥがその70%の出版社の皆さんをお手伝いしたらどうだろう、と思うわけです。そうすれば、中小の出版社がもっと楽になれるんじゃないか、そして世界に漫画を始めとする日本の文化を広げていくことができるんじゃないかと。そのお手伝いをしよう、というのが今回の事業なんです。
——ありがとうございます。今回のプロジェクトの背景がよく伝わってきました。また、泉様はどんなチャレンジを期待して、このプロジェクトに参画されたのでしょうか?
泉:
今、世の中的にはSaaSのシステムを導入して業務を効率化する流れが広まりつつあると思います。特に、経理や人事労務領域のSaaSシステムの導入は進んでいます。一方で、出版業界はこの流れから取り残されていると感じています。Excelでの手打ち入力や、手書きによる管理をしている会社がまだたくさんあり、非常に不健康な状態が続いてしまっていると思います。現代の技術で可能なところを効率化し、出版業界全体が次のステージに進めるようなプロダクトを作ってみたいと思い、このプロジェクトに参画しています。
——なるほど。同じように、出版業界に課題感を持つ人たちは沢山いるかと思うのですが、中でもメディアドゥさんがこの領域にチャレンジする意味や、メディアドゥさんだからこそ提供できる価値は、どういったものでしょうか。
新名:
我々のビジョンは「ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人へ」。本プロジェクトは、このビジョンを実現するための1つの取り組みなんです。
我々がやる意味というのは、メディアドゥという会社の存在意義と合致するからです。出版って、単に商品を作っているだけじゃないと思うのです。よく建築業界で、「父さんは地図に残る仕事をしている」と言いますけど、私はそれを言い換えて、うちの社員のお子さんたちに「君たちの父さん母さんは、心に残る仕事をしているんだよ」と伝えています。実際、そういう価値があると思いませんか?我々の存在意義は、最新のテクノロジーを活用して、そうした価値を下支えするプラットフォームを作る、「Publishing Platformer」になることなんです。
技術の活用という点で、正直なところ日本は世界各国に比べて遅れています。例えばアメリカの大手出版社だと、エンジニアやM&Aの経験者を積極的に採用しています。出版業界であっても「DX」という言葉は普通に使われている。そんな時代に入っているのに、日本だけは相変わらず文学部出身者を中心に採用している現状です。
だからこそ、これは例えですけど、“未舗装のガタガタの道路をおんぼろ車で一所懸命に走っていたところに、一気に航空路を開設してしまえ”、と思っています。どうせなら、途中をすっ飛ばして最新のDXまで一気にいっちゃおうよ、と。我々のチャレンジによって日本の出版業界を苦しめている問題の1つが解決されたら、みんなが楽しみにしている漫画や本というコンテンツが、これからも生まれ続けることに繋がりますからね。そういう世界を実現するのが、メディアドゥの使命だと思っています。
——今回、光和コンピューター様と共同で立ち上げると聞いていますが、具体的にはどのようなプロダクトを開発されているのでしょうか。
新名:
最終的には出版社の基幹システムを目指します。そんな中、まず最初に手を付けるのは、我々が得意としている“電子書籍の分野”です。
現状、電子書籍だけ出している出版社はあまり存在せず、皆さんだいたい紙も出しています。すると、作家さんからしたら、紙の出版の印税と電子の出版の印税が別々にきても困るわけです。合算して分かりやすく報告してよ、って思うはずです。
紙の出版物は書店さんの店頭から消えてしまえばおしまいですが、電子は長期間売り続けることができます。そうなると出版社は、5年後も10年後も、毎月ダウンロードされた数だけきちんと印税管理をして、著者にお支払しなくちゃいけません。電子出版物がどんどん溜まっていく中で、人間がエクセルを使って管理し続けられますか?そんな負担を解決するのが、今回の我々の取り組みにおける最初の部分です。
出版社の皆さんが印税の支払いをネックと考え、電子出版への参入をためらうことのないようにしたいのです。この取り組みは、大きな社会的意義、文化的意義を持っていると認められたため、経済産業省から補助金を頂いて始動しています。
また、ポイントは「SaaSで提供すること」です。今までの出版業界のシステムは、出版社がサーバーを立てたり、クラウドを契約して構築する形でした。すると、どうしてもそれなりの費用がかかってしまう。ですが今回我々は、SaaSで提供することによって、できるだけ安く提供したいと思っています。例えば若者5名で立ち上げた小さな出版社であっても使える料金にする、そういうことが可能になるのがSaaSの良い面ですね。
——良いですね。ちょっと踏み込んだ質問になるのですが、収益性の観点で見ると、中小企業向けのプロダクトが伸びるかどうかは別の話だと思います。そこで、収益性と提供価値の双方を考えたうえで、どんな意思決定のプロセスを踏んだのか、伺いたいです。
新名:
毎年、AmazonのKindleで売り上げベスト10の出版社が発表され、上位は大手出版社が占めています。ですが、実はどの大手出版社よりもKindleで大きな取引をしているのがメディアドゥなんです。弊社が取り次ぎとしてまとめている出版社の売り上げが最も多いのです。
これは、大手以外の70%の出版社さんを元気にすることが、そのまま我々の収益にもなるということを意味しています。パブリッシングプラットフォーマーとしては、全体最適であればいいので、個々のプロダクトがそんなに収益を出さなくてもいいのです。70%の出版社さんの全体収益が上がることが、企業としての我々のメリットにも繋がるんです。
——なるほど。新規事業を立ち上げられた経緯から背景まで、クリアになりました。ありがとうございます。次は、3年後~5年後といった中長期のスパンで、どういうプロダクトにしたいか、具体的にお聞きしてもよろしいでしょうか。
泉:
中長期的な視点では、メディアドゥに取次ぎをすべてお任せ頂ければ、売上の管理から支払処理まで一気通貫で自動的に流れる仕組みを描いています。そこから先は、電子書籍に限らず、商品を販売して管理する前の制作工程など、出版社さんの業務全部をサポートできる機能を追加していきたいな、と考えていますね。
新名:
具体的にいうと、出版社の仕事でまず最初に行う企画段階から、我々が提供する出版ERPを使ってもらえるようにします。出版の企画を考えついたら、紙と電子それぞれの収益見込みと、コスト、利益が予測できて、企画を実施するか否かの経営判断をシステム上で出来るようにしたいんです。
また、紙の本を作るならどんな紙を使うか、どんな製本の仕様にするか、入力すると全ての原価計算ができ、印刷会社、紙問屋、製本会社への発注もできる。もちろん、販促情報もサポートします。販促に必要な作家さんの出身地や、作家さんのYoutubeのチャンネル、Webサイトなどの情報を統合的に管理し、書店などの取引先に自動的に供給する。こうした仕組みが、最終的なかたちですね。ある程度までは3年くらいで構築して、5年後にはかなり完成した形に仕上がっていると思います。
——上流から下流まで、統合的に支援するプラットフォームビジネスみたいなイメージですね。次に、エンジニア目線でお伺いしたいのですが、本プロダクトに関わる開発的な面白さとやりがいについて教えてください。
泉:
私は、エンジニアが作るものは、困りごとを解決したり、世の中の不便を便利にするものだと思っていて、要はプロダクトは課題解決の手段なんです。そんな中で一番難しいのは、作ることそのものより、ユーザーが抱えている課題を把握し、どんな解決策を提案できるかを考えることです。そこが一番難しくて、やりがいのあるところかなと思いますね。
例えば、出版社さんの経理業務は、自分を含めエンジニアの方々は一度も経験したことがないので、分かるはずもないこと。どういうことに困ってて、日々どういう作業をしているか、そこをちゃんと掘り起こして解決策を提案する力が、本プロジェクトで一番身につくスキルだと思います。
——お聞きする限り、エンジニアも事業側の理解が必要ですし、事業側も技術やプロダクトの理解が必要なのではないかと思ったんですが、今後どういう組織を作っていくのでしょうか。
新名:
特に、事業側の技術理解は永遠の課題です。うちでは1年ほど前に「プロダクトマネジメント室」というのを作りました。ここに技術に対して理解があり、事業側の経験も豊富に持っている面白い経歴の人材を置いています。事業には事業の考え方、エンジニアにはエンジニアの考え方がありますから、両方の思考方法が分かる人材を配して連携をスムーズに進められたら、と考えています。優先順位付けやリソースの配分も、プロダクトマネジメント室が行なっています。今はこの部署を少しずつ拡大しているところですね。
泉:
現状は、2名の業務委託エンジニアがいて、タスクを割り振りながら進めています。光和コンピューターさんが持っている過去の業務事例をお借りし、要件を吸い上げて、優先順位づけをして、溢れたタスクは全部私が開発している状況です。ですので、少しでも早くご一緒していただける人と出会いたいと思っています。
——現在、募集対象は30代中盤をイメージしているそうですが、ライフワークバランスはいかがでしょうか。
泉:
コロナ禍の状況なので、将来的にどうなるかは確定していないのですが、エンジニア組織は週1回のみ出社、あとは基本的にフルリモートです。トータルで結果を出してくれれば大丈夫というスタンスなので、柔軟性がある組織だと思います。
仕事量的には、プロダクトマネジメント室がリソースに無理のない範囲で計画をし、サービスを育てていく形になりますね。
——それでは最後に、どんなエンジニアの方々に来てほしいか教えてください。
泉:
正解がないプロダクトをこれから作っていくので、自分の中での正解を考えて、提案できる人がまずは1人でも早く来てほしいな、と思ってます。
新名:
「世の中の流れからしたら、こういう風に改めるべきじゃないですか」「こういう風にしたほうが、今起きてる問題を根本から解決できるじゃないですか」と、既存のやり方に囚われず提案できるような人がいいですね。
その上で、やっぱり我々のビジネスの根底にあるのは「コンテンツへの愛」です。だからこそ、漫画や本が好きとか、出版以外のコンテンツでもいいんですけれど、クリエイターさんが作る作品に愛情を持っていらっしゃる方に来ていただけると嬉しいですね。コンテンツや作品に愛を持って、日本の出版業界に、新しい流れを呼び込む人材を心から期待しています。