中小企業に寄り添い、海外の競合に挑む国産チャットツール「Chatwork」の開発組織と展望
Chatwork株式会社が手掛ける国産ビジネスチャットツール「Chatwork」は、導入企業が28万5000社を突破。海外の競合企業も多く存在するマーケットにおいて、事業成長を加速させています。
今回は、執行役員CTO兼開発本部長を務める春日重俊さんにインタビュー。Chatworkが中小企業をターゲットとする理由や、より良いプロダクトを作るための開発組織について、そしてChatworkが目指す展望についてお話を伺いました。
■プロフィール
Chatwork株式会社 執行役員CTO兼開発本部長
春日重俊
明治大学経営学部を卒業後、電通国際情報サービスに入社し、大手企業の基幹会計システム導入の経験を積む。その後リクルートに入社、新規事業の業務に従事し、組織マネジメント・サービス企画・BPRなどに携わり、2016年1月にChatworkに開発本部長として入社。2020年7月に執行役員CTO兼開発本部長に就任。
■インタビュアー
ファインディ株式会社 代表取締役
山田 裕一朗
同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング、ブラジル事業、三井物産との資本業務提携等を担当。その後、ファインディ株式会社を創業。
──まず最初に、これまでのご経歴や入社の経緯について教えていただけますか?
春日:
キャリアとしては、2003年に新卒で電通国際情報サービスというシステムインテグレーションの会社に入り、2008年にリクルートに入社しました。2016年1月、Chatworkに開発本部の本部長としてジョインし、現在は執行役員CTO兼開発本部長をやらせていただいています。
ずっとシステム開発畑のキャリアを歩んでいるのですが、実は大学時代は文系だったんです。経営学部の会計学科で、ゼミの同級生は税理士や会計士などのキャリアを選ぶ人が多い中、僕はモノをつくる仕事がしたくて、SI業界を中心に就職活動をしました。
電通国際情報サービスは、やっぱり理系の会社でして。3ヶ月の研修があったんですが、まぁ落ちぶれるわけなんです(笑)。いつもランキングになるとドベの方で、それがすごい悔しくて。現場に配属された後も、死に物狂いで勉強していましたね。
リクルートでは、システム開発職をしていました。当時のリクルートは、まだネットよりも紙が強い時代。ビジネスモデルの変換期に、ネットプロダクトの開発側に携われたのは、ラッキーだったと思います。そこでメディアに携わったり、最終的にはビッグデータ基盤の組織を立ち上げたりと、さまざまな経験をさせていただきました。
その後、35歳の時にいろいろな会社を見ていた中で、出会ったのがChatworkでした。プロダクトを実際に触って、業務の生産性が大きく変わるという実体験があったので、それを踏まえて新しい世界に飛び込みました。Chatworkに入ってからは、ベンチャーならではのジェットコースターのような状況をいろいろと体験して(笑)。入社した当初は、全くプロダクトがリリースできていない状況で、そこから組織を立て直していきました。
──「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッションを掲げられていますが、Chatworkの社会的な意義など、春日さん自身の目線でどのように捉えられていますか?
春日:
Chatworkって少しでもサービスが止まると、TwitterやYahoo!でトレンド1位になるんですよね。内容を見ると、心が折れそうなことも書かれていたりするんですけど(笑)。逆に言えば、それくらい使われているということでもあります。
僕たちのサービスは、「Chatworkがあるからこそ、ビジネスが成り立っている」というお客様が多いんですよ。中でもすごく印象的だったのは、福岡で障がい者の就労支援を行っているカムラックさんのエピソードです。ソフトウェアのテスター業務をしている会社なんですが、創業当時からChatworkを使ってくださっていました。
対面のコミュニケーションだとハンディキャップがあって難しいという方が、Chatworkを通じて業務を進められていて。他のテスター会社と比べても、品質や作業スピードの面で全く遜色ない仕事をされています。
その会社の社長さんがうちのオフィスに来られた際に、社員の皆さんからの感謝のメッセージが書かれた寄せ書きをいただいたんです。そういう経験ができるサービスって、なかなかないですよね。本当の意味で人に感謝される、ファンの多いプロダクトだと思っています。
──Chatworkが主に中小企業をターゲットとされている理由について教えてください。
春日:
中小企業はITに投資できる予算に限りがあって、その中で業務生産性を上げていかなければなりません。そういった面で、Chatworkが大きな役割を果たすと考えています。
ある介護事業者さんの例で、すごく良いなと思ったエピソードがあります。いろんなスタッフから頼られる、経験豊富な80歳近い女性の介護リーダーの方がいらっしゃって、その方がChatworkを使ってスタッフの相談に乗っているそうなんです。そういう話を聞くと、頑張っていて良かったなと。僕たちが光を当てたいのって、こういうところだったなと思うんですよね。
日本では、例えば一次産業などでも、まだまだコミュニケーションに課題を抱えている面があります。そういうところを僕たちのプロダクトを通じて、もっとより良い世界にできたらと考えています。
──プロダクトを作っていく上で、開発組織の体制として意識されていることはありますか?
春日:
Chatworkは他のサービスと根本思想が違う部分があって、グループチャットという概念がワンワールドになっているんです。例えば、他のビジネスチャットでは、まず初めに組織に紐付きます。どちらも外部の組織と繋がることはできますが、まずは所属する組織のスペースに入るというワンステップを挟みます。Chatworkは自分のアカウントにログインすると、自社も他社も関係なくグループチャットが並ぶ形になっているんですね。
これによってシステム運用の面で何が違ってくるかというと、負荷への対策の取り方が変わるんです。他のサービスは組織あたりのトラフィックをどう捌くかという考え方なんですが、Chatworkはオープンで巨大な全ユーザーのトラフィックをどう捌いていくかという考え方になります。
それから、ビジネスチャットはリアクティブシステムが非常に求められます。メッセージを投稿してから反映されるまで早ければ早いほど良く、ミリセカンドの反映速度がUXに関わってくる。そういったところに対して、いろんなテクノロジーを使っていく必要があるし、かつSaaSの仕組みなので毎日デプロイしないといけません。
海外のユーザー事例を聞きに行って驚いたのが、大手オンライン決済サービスさんでは1日に1万回デプロイしているそうなんです。本質的に重要なのは1万回という数自体よりも、それだけ高速にチャレンジしているということ。僕らとしても、クイックかつアジリティ高くサービスを付加していける体制づくりをしていきたいと思っています。
──開発組織について、これまでどういった体制でやってきて、今後どのようにしていきたいかといったイメージを教えていただけますか?
春日:
技術と組織は切り離せない関係性だとする「コンウェイの法則」という考え方がありますが、間違いなくシステムは組織の形に引きずられると思っています。
Chatworkのファーストリリース当時は、EC2とRDSとS3を使っていただけのシンプルなLAMP構成でした。9年前なので、AWSにあまりいろんなコンポーネントがなかったという背景もあります。組織構成に関しては、代表の山本がCTOとなって立ち上げたので、ビジネス機能もCTOが見ていました。
ただ、導入企業が順調に伸びて5万社を突破し、累計メッセージ数が5億以上になると、データレイヤーの負荷が爆発して。そのタイミングで非同期システムを導入したり、全文検索エンジンやキャッシュといったところを入れたりしていきました。
その頃には、1つの開発組織から提供機能別に分割された形になりました。ただ、障害が多くて、2~3時間止まってしまうようなことが結構あったんですね。それは基盤となるインフラが組織化されていないのが根本原因でした。
私が入ったタイミングでもあるんですが、導入企業が10万社を超える頃には、メッセージもさらに増えて20億以上に。こうなると、メッセージのデータベース部分がRDBでは厳しくなったので、分散システムを導入して乗り切りました。Kafka、Hbase、Akka、CQRS+Event Sourcingといった、ユニークなところに一歩踏み出したタイミングでもあります。
この時期の開発組織としては、開発本部を設立して、SREの部署を作ったりと、職能別にそれぞれのスキルを尖らせることを施策としてやっていました。
そして現在は、導入企業は28万5000社を突破。1ヶ月あたりの累計メッセージ数も毎月2億くらいのペースで増えていて、65億を超えました。読み込みでいうとその20倍なので、流通量としては40~50億くらいのレンジになってきています。今はいろいろなところにKubernetesを積極的に導入していて、スピードアップに繋がっています。
組織構成としては、スキル単位の部署が増えていって、今は僕の下に8個くらい紐づいています。技術が縦割りの組織になっているんですけど、メンバーも60名強になってきたので、グロースエンジニアリング(GE)という、ユーザー登録などを最大化するための部隊も作っていたりします。
これから未来のChatworkとしては、機能のデリバリー数や生産性を最大化したいと思っています。全アプリケーションに対する、適切なサイジングのマイクロサービスへの移行が完了していて、提供機能別の組織で開発のスピードアップを目指したいと考えています。
組織構成として今考えているのが、提供機能を独立して考えるフィーチャー組織と、それを技術支援する横串のアーキテクト組織、そして包含的にマネジメントしていくピープルマネジメント組織の3つですね。現時点では、こういった形の組織を未来の構成として考えています。
──技術や環境などの面で、エンジニア目線で面白さを感じるのはどんなところでしょうか?
春日:
Chatworkは2011年3月に生まれて、9年経っているサービスなんですが、過去にサーバーサイドの業務アプリケーションロジックをScalaに置き換えようとして、一度頓挫しているんです。実現できたのは、一番重要なメッセージ基盤のところのリプレースだけだったんですね。それ以外にも、いろんなところの業務アプリケーションロジックが、まだモノリスなPHPのままだったりするので、今そこを置き換えようとチャレンジしています。
それから、先ほどいったようなリアクティブシステムですね。どんどんユーザーが増え続ける中、ハイトラフィックなものをいかに快適に届けるか。それをScalaという高級な言語でやっています。
手前味噌ではありますが、弊社のScalaエンジニアチームは日本でも有数のチームだと思って、切磋琢磨できる環境があります。それに、海外の巨大な企業を相手に、たかだか150名規模の企業が戦いを挑んでいるわけで、こんなに痺れることってなかなかないですよね。いかに果敢に、かつ面白くゲームメイキングしていくかという現在のステージは、すごく面白い環境なんじゃないかと思っています。
──今後、どのようなエンジニアに来てほしいと考えていますか?
春日:
エンジニアリング組織として、多様性を意識したいと思っているんです。なので、きちんと自分で学び続けられる、変化を恐れない人に来てほしいですね。自分の成功体験があるのは良いことなんですが、それに変に固執してほしくなくて。ある意味、自己否定してでも学び続ける素養がある人を求めています。
僕自身もリクルートにいた経験から、ついリクルート流の考え方を押し付けたくなる瞬間もあったりするんですよね。でも、それをエンジニアに求めるのは違うので、彼らの自主性を重んじながら、どうやったらアウトプットを最大化していけるかを常日頃考えています。
──学習を支援するような社内制度はありますか?
春日:
現時点では、社内にテーマごとの部活があります。例えば、Scala部など言語別の部活であったり、ガジェット好きな人の部活であったり。それぞれの内容に興味関心のある人が集まって、「これに困ってるんだけど、どうしたらいい?」と聞いたりして、自然と学習できる場を設けています。
──今後、プロダクトをどう進化させていくかという展望について教えてください。
春日:
ビジネスチャットはユーザーが常日頃触っているサービスですから、そのコミュニケーションから生まれるいろんなビジネスプロセスを、デジタル化していくハブにできると良いなと思っています。
それを上手い言葉で表しているのが、Tencentさんがやられているようなスーパーアプリですね。僕たちとしては、どうやってビジネスアクションのプラットフォーム化へ導いていくのかというのが、次のチャレンジかなと考えています。
──最後に、エンジニアに向けてメッセージがあればお願いします。
春日:
これから日本の労働人口って、ものすごく減っていくと思うんですよね。昭和、平成、令和と大きな枠組みが移り変わっていく中で、デジタルシフトは避けられないキーワードの1つ。このデジタルシフトにおいて、弊社が果たせる役割は大きいと思っています。
現在、Chatworkの導入社数は30万社突破が視野に入りつつありますが、これから5~10年、デジタルシフトが進んでいくど真ん中のタイミングで、僕たちが目指すのは日本の企業の99%以上を占める中小企業すべてにChatworkを導入してもらうこと。
そういうところに向き合える企業はなかなかないと思うので、ぜひそこを面白いと思ってもらえるようなエンジニアの方に参加していただきたいです。